未来への「穴」
『100年後あなたもわたしもいない日に』は、京都鴨川荒神橋に新しくできた文鳥社からリリースされた本。東京・神楽坂にある「かもめブックス」の柳下さんが友人と二人で興した出版レーベルらしい。これは、歌集と画集が一つになった掌サイズの一冊で、土門蘭さんの短歌と寺田マユミさんの絵が織り合わさって一つの世界をつくりあげている。
この本のテーマは「トリミング」だというが、なるほど日常の何気ない瞬間を切り取る土門の短歌の傍に、寺田のシンプルな線画が効いている。説明ではなく、読み手の心象を膨らませる役割として。同時にもう一つユニークな「切り取り」がこの本にはあって、それは幾つかのページには切り取られた穴が空いていることだ。
あるページを開くと「肋骨が 開いて 羽になればいい」という上の句のみが書かれ、穴(いや、敢えて窓と呼ぼう)からはシンプルな線で描かれる男性の上半身が見える。次のページをめくると前ページの窓から上の句がぴったり見えるのだが「その身ひとつで 空に呑まれる」という下の句とイラストの全貌も同時にそこで浮かび上がってくるといった次第だ。
紙の本をめくる根源的なおもしろさが、とても潔くこの文庫サイズの小さな一冊には詰まっている。直取引のみで発行部数も少ないらしいが、一つの文章を、一つの言葉をなるべく丁寧に差し出そうという想いは未来を向いていると僕は思う。こんな本が長く読まれ、誰かの家の棚にずっと置かれていてほしい。
飛ぶ教室第52号 に寄稿