フットボール批評 「ボールは跳ねるよ、どこまでも。」第6回 モンチ・メソッド

新しい職業というのが、どこから発生するのか? 僕は、「ブックディレクター」という肩書きで本屋や図書館をつくる仕事をしているのだが、きっかけは10年ほど前に「情熱大陸」というドキュメンタリーで取り上げてもらった時だった。「職業名がないと放送になりません」といわれ、その場しのぎで「ブックディレクター」と名付けられたのだが、なんとテレビの恐ろしいことよ。その瞬間、にわかにそんな職種が実在することとなり、以来「ブックディレクター」ということになっている。夢見て目指していたわけではない。けれど、世の中のニーズ、もっというならその仕事にお金を払ってもいいという人が現れ、その市場が継続し、それを目指す新規参入者が出てこれば、新しい職業というのは生まれるものなのだ。
 というわけでサッカー界の「スポーツディレクター」である。今回の主役は、モンチことラモン・ロドリゲス・ベルデボ。破産寸前の弱小チームだったセビージャを5度の欧州制覇に導いた世界最高のSDといわれる男だ。彼はかつてセビージャのトップチームで長らくベンチを温めた控えGKで、闘志以外に傑出したものはないといわれた選手だった。
 そんな彼は31歳で早々に現役を引退した後、2000年に「慎重で誠実な」ロベルト・アレス会長に請われ愛するクラブのSDに就任した。しかし、当時SDはその仕事の内容が確固として決まっていたわけではない。モンチは当時のことを「オファーが来たから受けた。たとえグランドの白線を引けといわれても引き受けていただろう。どちらにしても知識は同じようなものだった。」と語り、まったくの手探りから、現在のようなSDのポストを創り出していったことがわかる。
 彼がSDとしてどんな航海を重ねていったのかは、今年上梓された『モンチ・メソッド』に詳しい。選手の資料どころか、資料を整理する引き出しすらない環境からスタートしたモンチは、独自のスカウティングシステムを構築し、選手を安く買って高く売る「魔法の錬金術」をつくりあげた。彼曰く、「自らの可能性以上のチームを作る」には、通常の売上以上の資金が必要なのだ。スペインの10代選手としては最高額だった下部組織出身のセルヒオ・ラモスを筆頭に、レジェス、ヘスス・ナバス、ダニエウ・アウベス、ラキティッチなど、セビージャ産のスターは枚挙にいとまがない。本に記されている彼のスカウティングの特殊性をひとつだけ挙げるとしたら、選手が現所属チームと違ったニーズに応えられるのかを見抜く目だ。エンゾンジは、イングランド時代にフィジカルを前面に生かしたBOX to BOXの役割を求められていたが、モンチはいう。「彼はゲームを壊すためにセビージャに来たのではない。創るために来たのだ」。
 モンチがSDという職業について語るとき、目的/リソース/確信/勇気について語るのだが、実はもっとも説得力があるのは彼の情熱である。「情熱と熱狂抜きで常識外のことは起こらない」という言葉の通り、熱狂的なセビジスタだった彼だからこそ、あのように奇跡的な仕事ができた。書物についての僕の愛情を振り返っても、結局仕事とは朝起きるためのモチベーションさがしだと思う。だが、今シーズンからモンチはローマに移籍した。果たして彼のSD道はどうなるのか? 今シーズンはそれも楽しみに過ごしたい。

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『モンチ・メソッド: ゼロから目的を見つける能力』(ダニエル・ピニージャ著,木村浩嗣訳/1,728円)

フットボール批評 issue18 Dec 2017に寄稿