あなたの好奇心はどこにでも接続しうる
みなさんは愛知県長久手市にあるトヨタ博物館をご存知ですか?つい最近まで僕は行ったことがなかったのだけど、あのトヨタ自動車が運営している車の博物館が、じつに愉しい場所なのだ。
名前の通りトヨタ車がずらーっと並んでいるのかと思いきや、なんと他社の車にも寛容なトヨタ博物館。車と人の来歴を振り返るべく、1909年製のフォード モデルTや1910年製のロールスロイス40/50HPシルバーゴーストなど、大衆車の黎明期を支えた名車がお出迎えしてくれる。個人的に胸を熱くしたのが、美しいスポーツカーの系譜。アニメ「化物語」シリーズファンにはお馴染みのダットサン フェアレディSP310型や、同じくアニメ「fate zero」でセイバーが運転する1955年製のメルセデスベンツ 300SLクーペのガルウイングを初めて目撃した僕は、感嘆のため息を一人漏らしていた。女性以上にグラマラスな車って、確かにあるのだ。
さて、そんなトヨタ博物館に2016年から「CARS&BOOKS」というブックカフェが新設された。僕は、そこに本棚をつくる仕事をさせてもらったのだが、今回はそこでの「車を巡る選書」について書いてみたい。
趣味全開のボロフォ
本館で数々の名車に酔い、新館の文化展示で人と車の関係にふむふむと頷いたあと、最後にたどり着くのがこの「CARS&BOOKS」だ。観覧後の余韻をじっくり味わってもらうため、コーヒーなどにも結構こだわっていて、岐阜県美濃加茂市のコクウ珈琲の自家焙煎豆を使っていたりする(美味!)。カフェスペースの壁面には50冊ほど本が置かれ自由に読めるのだが、その本棚の一部がこのページの写真である。モノクロで写るクラシックカーの写真集の傍には『ちびまる子ちゃん』も置いてある。(なぜ、まる子ちゃん!?と思った方、ちゃんとあとから説明しますからね。)
本棚に陳列された『VROOM! VROOM!』(①)も『ROLLS-ROYCE MOTOR CARS』(②)も、南アフリカ出身の写真家コト・ボロフォによって撮影された写真集。90年代に「THE FACE」や「i-D」においてファッション・フォトグラファーとして歩みを始めた彼は、独特の構図と陰影で一躍人気写真家の仲間入りを果たす。その後順調にキャリアを重ねるのだが、2011年に発表した『La Maison』という写真集でターニングポイントを迎えることに。重厚なオレンジ色の箱に入った11冊組の『La Maison』(③)は、ボックスカラーの示す通り、メゾン・エルメスの工房を撮ったもの。そこへ出入りを自由に許されたボロフォは、7年もの時間をかけてケリーバッグや馬具、香水など、メゾンのものづくり現場をドキュメントしたのである。普段は絶対に開示しない鞄の型紙や職人たちが作業をする手元に肉薄する写真。それらは、工房の秘密をのぞき見するユニークさに加え、鍛えられた技巧の美しさと崇高さを表現し、各界から評価された。そして、そんな『La Maison』なかでも最も異色で熱を帯びた写真が、超高級車ブガッティ・バイロンの内装をエルメスが手がけた際の仕事現場だったのだ。
元々好きだった車の写真を撮って、ボロフォの好奇心に火がついた。以来、ご乱心というか趣味全開というか、とにかく彼は車関連の写真集を立て続けに刊行する。ブガッティのヴィンテージカーを整備する技術者の手や、エンジンのパーツをひたすら撮った『VROOM! VROOM!』。そして、イギリス随一の職人たちが働くといわれるロールスロイスの工場を撮った『ROLLS-ROYCE MOTOR CARS』。今までとはまったく異なる感性で撮られたこれらの作品は、カーフォトグラフィの新しい地平といっても過言でない。
「ちびまる子」入り口に
そして、本棚は「ちびまる子ちゃん」に続く。こちらに置かれた『わたしの好きな歌』(④)は1992年に公開された映画にあわせ、描き下ろされたもの。じつはこのマンガのまる子ちゃんは、花輪くんの執事であるヒデじいの運転するロールスロイスに乗せてもらうのである。「君も人生で一度くらいロールスロイスを味わってみたまえ」という花輪くんの言葉の意味を、その後部座席の乗り心地に感動しながらかみしめるまる子。ボロフォの撮ったロールスロイス工場の職人たちと、日本の国民的マンガが接続した瞬間である。
そんなこんなで「CARS&BOOKS」には車の本も、一見それとはわからぬ
隠れ車本も並んでいる。全国のカーマニアの方にはもちろん嬉しい本棚に仕立てたが、一方で「車なんて興味もないし」という方にもきっと愉しんでいただけるはずだ。まず、『ちびまる子ちゃん』の入口からで、よいではないか。冒頭に挙げた、アニメの「化物語」や「fate zero」のファンが、こういう場所から車に興味をもってもらうのも大歓迎だと僕は思う。
思えば、検索型の世の中だから人は何にだって接続しうるようでいて、案外自身の興味の枠外には飛び出しにくくなっているんじゃないかと最近思えてきた。いろんなものに文句を言って×印をつけて閉じていくのは楽なのだが、好奇心は本来、放射状に広がっているからこそ愉快だと思う。自身の興味と車の結び目を提案するこの本棚をつくりながら、僕の好奇心はどこにまで接続しうるのかを考えた1月だった。
①コト・ボロフォ『VROOM!_VROOM!』(Steidl、65ドル、提供写真)
②コト・ボロフォ『ROLLS-ROYCE_MOTOR_CARS』(Steidl、16.75ドル、提供写真)
③コト・ボロフォ『La_Maison』(Steidl、473ドル、提供写真)
『ちびまる子ちゃん_わたしの好きな歌』(さくらももこ著/集英社、390円+税、提供写真)
『SANKEI EXPRESS』2016.2.7 に寄稿