愛と憎しみの「スター・ウォーズ」
12月に入り、いよいよ足音が聞こえてきた。そのフォース、あなたには感じることができますか? 「スター・ウォーズ」シリーズの最新作「フォースの覚醒」が18日の18時半に世界同時公開されるのである。
正直いって、僕個人は日々そわそわしている。旧新6本の劇場版だけでなく、CGアニメーションで描かれた「クローン・ウォーズ」も全て見ているし、ルーカス・フィルムがディズニーに売却された後にスタートした新しいアニメシリーズ「反乱者たち」も欠かさずチェック。アソーカ・タノの復活に歓喜している男だ。待ち遠しくないはずがなかろう。
ところが、世の中にはその熱狂に対してずいぶん醒めた視線を持つ人や、単純に「??」とよく分からず呆(あき)れている人がいることも知っている。「あの映画を見ると何故だか、必ず眠くなるのよ!」という女性にも会ったことがある。けれど、まったく「スター・ウォーズ」のことを知らないかというと、決してそうではない。彼女だって「金ピカの変なロボットが出てきて、光ってる剣でチャンバラをやる宇宙の映画よね」くらいは言える。
思わぬ「拡張」を続け
「スター・ウォーズ」は、もはや映画というジャンルでは括(くく)り切れず、ドリンクのノベルティーだったり、アミューズメントパークのアトラクションだったり、日常のいろいろな場所で僕らとの接点をもつ。数多(あまた)生み出され続けるパロディーも含めて。そんな様に広がる「スター・ウォーズ」の世界がなぜ形づくられたのかを検証した本が今回紹介する『スター・ウォーズはいかにして宇宙を征服したのか』なのである。
著者のクリス・テイラーは、SNSやテクノロジーに関する世界屈指のニュース・ウェブサイト「Mashable」の副編集長を務めるベテランジャーナリスト。そして、「スター・ウォーズ」シリーズの熱狂的信奉者でもある。まあ、皆さんの想像通り、「筋金入り」という感じの人ですね。その「究極のファン」である彼が、自身の好奇心の赴くまま「スター・ウォーズ」の脚本家やプロデューサー、マーケティング担当者など、作品を裏側で支えた人たちを訪ね、話を聞くというのが内容の骨子になる。ところが、それだけなら人気のある映画作品の一側面を別の角度から照らす「よくある一冊」にしかならなかっただろうと僕は思う。しかし、この本の最も大きな特徴は、テイラーが映画というよりも世界全体を覆う現象として「スター・ウォーズ」を語る点である。
例えば、スター・ウォーズ・イベントには必ず現れる白い「バケツ」をかぶったストーム・トルーパー軍団。いまや世界最大規模を誇るコスチューム組織となった「第501軍団」と呼ばれる有名なボランティア有志は、サウスカロライナ州の家電量販店に勤めるアルビン・ジョンソンが交通事故に遭い片足を切断せざるを得なかったことがスタート地点になっている。ふさぎ込む彼を励まそうと友人が発案し、「スター・ウォーズ特別編」の公開に合わせて2000ドルで買った小道具をカスタマイズ。それを着て地元の映画館に出かけたのだ。ところが、反応は散々なもの。一人コスプレのジョンソンに対し「残念なやつだな。デートする相手もいないのか」と吐き捨てる輩もいたらしい。ところが、数週間後、友人と2人で再チャレンジした時は、まったく違う見られ方をした。ジョンソンの心にも「スイッチがはいった」という。もともとクローンとして大量に生み出され、大量にやられていく設定のストーム・トルーパーは、数が多いほど見栄えが良くなるということに気づいたのだ。
彼らはウェブサイトを立ち上げ、SNSも存在しなかった時代に、少しずつ同志とつながっていった。そして、2002年に行われた「スター・ウォーズ」の公式ファンイベントでは、150人のコスチューム隊を集めるに至り、今では全世界に6583人ものアクティブメンバーを集めるまでになる。しかも、彼らの姿勢に敬意を表し、ジョージ・ルーカスは「スター・ウォーズ エピソード3」の重要シーンで第501軍団を登場させたのだ。ルーカス自身も「自分が役割を果たしたのは、"スター・ウォーズについて語るときに私たちが語ることのせいぜい3分の1"」だと認めている。この「スター・ウォーズ」という作品は、ジョージ・ルーカスの2枚のメモ書きから産み落とされたのは確かだが、その始発点から彼すらも想像できなかった拡張を見せているのだ。
表裏一体のファン心理
グッズコレクターやドロイドビルダー、ライトセイバー愛好家、ジェダイ教の信者、ありとあらゆる人がそれぞれのやり方で「スター・ウォーズ」を愛している。もちろん、愛が深くなればなるほど、他者の愛し方が気に入らなくなるというのは人がよく陥るジレンマだ。例えば、旧3部作の愛好家は、新3部作を厳しく評したりする。けれど、バンクーバーに住む25歳のアンドレイ・サマーが「ジャイブ」というオンラインマガジンに書いたコラムが的を射ている。
「真のスター・ウォーズファンはスター・ウォーズのすべてを嫌っている」。こう書く彼の心持ちは、「スター・ウォーズ」ファンにとって愛情と憎しみが表裏一体だということを表している。そして、6つのシリーズ作品も、あらゆる本も、スピンアウトも、全部好きというファンはいないに違いないという彼の意見は多分、正しい。それほど、スター・ウォーズの拡張世界は多種多様で、いろいろな価値観が積層しているからだ。ツッコミどころは満載。いい意味でスキ(余白)の多い作品群なのだ。それは、どんな人でも自分好みの「スター・ウォーズ」に会える可能性があることを示唆する。
一方、ルーカスフィルムで働く何人かはこんな言葉を口にしているようだ。「スター・ウォーズをつくるには、スター・ウォーズを憎まなければならない」。これは、過去のシリーズ作品を尊重しすぎては、それを上回るものができないという戒めでもある。さてさて、新しくできる新作「スター・ウォーズ」。ファンも、そうでない人も、試しに見に行き、自分なりの出会い方をしてみては如何だろうか。
「スターウォーズはいかにして宇宙を征服したのか」(クリス・テイラー著、児島修訳/パブラボ、4104円、提供写真)
『SANKEI EXPRESS』2016.12.6 に寄稿