兵庫県の日本海側、豊岡市によく通っている。志賀直哉の小説『城の崎にて』で知られる城崎温泉の地域プロデューサーをしているからだ。本屋のお前が何で町の仕事を?と思われるかもしれないが、その説明はまたどこかで。今日はその町で鑑賞したコミュニティ・ダンスについて書いておきたい。その小さな町で見たダンス公演が、近年最も感銘を受けた舞台だったのだ。
 城崎国際アートセンターは昨年完成したアーティスト・イン・レジデンス。今年度からは平田オリザさんが芸術監督に就任している。国内外からパフォーミングアートに関わる作り手がやって来てはセンターに暫し滞在。そこでつくった作品を町民に披露するのだ。演劇、モダンダンス、バレエなど様々な分野のアーティストが作品をつくっていったのだが、6月8日から三週間滞在したイギリス人のつくった舞台に僕は本当に驚いた。ダンスカンパニー「Protein」を主宰する振付師ルカ・シルヴェストリーニは、温泉町の住人たちをダンサーとして踊らせてしまったのだ。
 『CROSSROADS交差点』と銘打たれたその公演は、小さな子供がぱたぱたと父親の元に駆け寄るシーンから始まる。その次スポットライトに照らされるのは一人佇むお婆ちゃんの姿。むっ、あれれ?彼女は温泉町のスナック「聖子」のママではないか。城崎だんじりを思わせる祭りのシーンでは旅館の若旦那衆が勇ましく踊り(アキレス腱を切ってしまった猛者までいた!)、町の仕事でよく会う面々が次々とダンサーとして登場する。保育園児から80代までの老若男女約60名が、ところ狭しと舞台を駆ける。しかも、これが実によく演出され、規律と遊び心と美しさを感じるパフォーマンスだったのだ。
 市民参加のダンスというと、学芸会みたいなものを想起する人も多いだろう。だが、ルカは滞在した3週間、1日3時間以上ものレッスンを敢行。軽い気持ちで参加した人たちを面食らわせたという。しかしながら、彼の厳しい練習は普通の人の所作を、じつに美しく見せる魔法のようなものだった。ルカの演出コンセプトは、町の人が普段行っている動きをモチーフにすること。つまり、旅館入り口に並べるスリッパをすごいスピードで揃えたり、浴衣を着てそぞろ歩きをしたりと、踊り手が日常でしている動きをダンス化したのだ。
 体に染み付いている動きに、だった一つだけ規律を与えるだけでそれはパフォーマンスになる。人の心を揺さぶるものになる。ルカの振付をみて、僕は気づいた。ダンスというのは、常人離れした美しい体の動きに感嘆するだけでなく、普通の人の普通の所作に潜む美しさを浮かび上がらせることでもあるのだ。
 ちなみにこの公演は、今までアートセンターに縁遠かった人にもとびきりのきっかけを与えることになった。踊った住民はもちろん、踊る孫の顔を見に来た爺ちゃん婆ちゃんなど、初めてアートセンターに足を踏み入れた人も多かったようだ。"温泉町"と"ダンス"の邂逅が始まりそうだ。

ケトル vol.26 August 2015に寄稿